三遊亭好二郎 横浜ひとり会

横浜にぎわい座のげシャーレにて

三遊亭好二郎 「看板のピン」
三遊亭かっ好 「桃太郎風味噌豆」
三遊亭好二郎 「藁人形」
仲入り
三遊亭好二郎 「錦の袈裟」

間もなく兼好で真打に昇進する好二郎が好二郎名で演る最後のにぎわい座公演。この日余裕の完売で、客席は熱気に溢れておりました。

オリンピックの話題を振るが、当然ながら好二郎は簡単に感動したりしない。どうも心から楽しめないオリンピックをどうしたら楽しめるかと考え、発見したのが「賭ける」だったと言う。ソフトボール悲願の優勝の直後、日本中が感動する中、こういうことをシラっと口にする醒めた視線は大好きだ。だが、その後の、仲間内でやったフェンシング優勝選手の国当ての話は、明らかに創作っぽい。仕方なく日本を選んだ好二郎。太田選手の健闘であわや総取りかというところまで行くが、結果はあの通り。だから、皆が「よくやった」とほめる太田選手に対して、「なぜもっと頑張らない」と一人憤懣やる方ないと言うのだが、リアリティがなさ過ぎました。顔から声から仕草から、胡散臭い人物を演らせてピカイチの好二郎なんだから、ここはもっとうまい嘘をついてほしかった。
賭けのマクラからスムーズに「看板のピン」へ。本来は貫禄十分なはずの親分が既にして胡散臭い。親分の真似をする若い衆は輪をかけて胡散臭い。好二郎らしく軽くて明るい一席。

先日の兼好真打昇進披露パーティーでお目にかかったかっ好くん。ナポレオンズの大きい方、ボナ植木の息子さんだそうな。入門3年目の二ツ目は小噺の「味噌豆」を落語「桃太郎」のストーリーに載せた改作で挑む。まずは普通に「味噌豆」を演じ、続いてこれが落語家の家族ならという設定を語って噺に入る。落語家である父親が夜更かしの息子を寝かしつけるために「おとっさんが落語を聞かせてやる」と「味噌豆」を演るのだが、その下手さ加減に呆れた息子が正しい「味噌豆」を父親に教えるという流れである。
落語が下手な落語家(父親)については、丸っきりの棒読みセリフ回しとロボットのようにぎこちない仕草で下手さを表現するのだが、これは安直。本家「桃太郎」をなぞれば、並みの水準の「味噌豆」を父親が演じ、その中にある素人には分からない瑕疵を息子が鋭く指摘し、ロジカルに直してやる必要があるはず。さすれば、「ほーっ、味噌豆にもそんな演出上のテクニックがあるのか」と客を驚かせられようが、父親の「味噌豆」が話芸以前の状態では、後段の息子の突っ込みは既に客の側も十分に予想がついてしまい笑いに結びつかない。「鍋の蓋を取る時だって、小僧は背が低いんだから、旦那とは違ってもっと上で取らなきゃ」程度では、真打昇進前から好二郎を「発見」して通い詰める140余人の客に太刀打ちできないでしょう。本歌取りをするなら、本歌をもっと分析しなきゃ。もちろん、創造する意欲と挑戦する意気はよし。いい見本になる兄弟子がいるんだから、せいぜい追いかけてね。

続いて「藁人形」。こんな噺誰から習ったんだろう? じっとりと暗いこういうタイプの噺は好二郎に合わないんじゃないかと勝手に思っていたましたが、やっぱり合いませんでした。ただし、ここで言う「合わない」というのは陰惨な雰囲気を醸し出すのがこの噺の本来のあり方だとすれば、その意味では合わないというだけで、面白くなかったかと言えばそんなことはないのである。
好二郎演じる小塚原の女郎・お熊は、もう最初から胡散臭い。ニコニコと愛想がいい顔の裏に底意地の悪さを秘めている一筋縄ではいかない噺家というイメージで僕が好二郎を見てしまっているせいだろうが、坊主・西念の情に訴えて身の不運を語るお熊を演じる好二郎の目は怪しく輝き、さてどうやって騙してやろうかわくわくしているように見えてしまう。そのため、お熊の裏切りは意外でもなんでもなく、西念に同情するより、お熊の悪女ぶりにゾクゾクしてしまう。騙されたと知って藁人形でお熊を呪い殺そうとする西念にも、好二郎の胡散臭さがかすかに香り、あまり怖くない。そして西念を見舞う甥の能天気な善人ぶりがまたインチキくさい。暗く陰惨で深い業を感じさせるはずの噺が、なんだかゲーム感覚で騙し、恨んでいるような風情で奇妙な明るさすら感じるのだ。しょせん人の希望も絶望もその程度のものよと訴えくるようで、これはこれで十分に楽しめました。「錦の袈裟」は手堅くまとめた印象。

そう言えば好二郎、一席目、オリンピックの話題に触れて、「金メダルがほとんど連覇じゃないですか。意外性がないですよね」と語り、「楽太郎が円楽を継ぐようなもんで、面白くないですよ。好二郎が円楽を継ぐなら、おーって思いますけど」なんて言っていた。今日の独演会に触れて僕は、胡散臭さとインチキ臭さが好二郎の噺の魅力の根幹にあるという思いを強くした。だが、考えてみれば「胡散臭さとインチキ臭さの魅力」の第一人者は円楽ではないか! 好二郎が円楽を継ぐというのは意外などころか、ピッタリじゃあないかな。