立川談春独演会

にぎわい座にて
立川春太 「かぼちゃ屋
立川談春 「与話情浮名横櫛/玄冶店」
仲入り
立川談春 「不動坊」

春太「かぼちゃ屋」はきびきびとテンポよく進んでいったのだが、最後に落とし穴が。サゲの文句を完全に失念したようで、ものの見事に絶句する。絵に描いたような絶句に実のところ、「珍しいものを見られた」というヘンな喜びを感じてしまった。春太くん、小手先でごまかすことなく(というよりそんな器用なことはできず?)少し前まで会話を戻してなんとかサゲに。舌を出すこともなく、照れ笑いをするでもなく、大マジメな表情で座布団を返してメクリをめくったところは立派でした。

続いて談春は「玄冶店」。お富の家を覗き込む与三郎に、蝙蝠安とその相棒(左官の何某と言っていたようなに思うのだけど、思い出せない)が因縁をつけるという設定が新鮮だ。この場面、安と相棒の悪党としての小物ぶりがうかがえて面白い。(後姿を見る限りでは)いい形をした優男の与三郎を脅かそうとするのも、その顔面の傷を見て「それが俺にあったら」と言うセリフを吐くのも、妾宅に一人暮らす女から小金を強請ろうするのも、全てセコイというか半端というか、前段の赤間やみるくいの松と比べるとまるで凄みがない。そんな小物ぶりが伺えるやりとりを丁寧に描いて強請の場面に。安と相棒はそれぞれなだめ役と強面に別れてお富を揺さぶるが、このオーソドックスすぎる強請の手法もお富に見破られていて、またここで二人の三下さ加減が強調される。
しがねえ恋の情けが仇…と歌舞伎の名セリフを語るサービスカットを差し挟む談春だが、すぐに、落語の場合はこうはいかないとリアリティーの世界に戻ってくる。お富の現在の旦那である多左衛門のとりなしで安と相棒が帰った後、それでも与三郎は自分の正体を明かさない。それどころか、お富の家を後にしてしまい、もう一度お富の前に姿を現そうか逡巡する。情けないほど優柔不断な与三郎。考えてみると、談春は最初から与三郎をそうした人物に描いている。女嫌いなくせに父親の言に抗えず柳橋の茶屋に出向いたのが因縁の発端なら、仲間に誘われ吉原に足を運んだのも、仙太郎の強請を跳ね除けられないのも、関良助の助言に従って江戸を離れたのも…、どこにも与三郎の意思を見ることはできない。お富とのことも与三郎から働きかけたわけでなく、玄冶店での再会も安と相棒が因縁をつけてこなければ果たせなかったかもしれない。
つまり与三郎はここまでのところ何ら自分から運命を切り開いていない。すべて周囲の人間に振り回されての今なのだ。ただ、あいも変わらない優柔不断さの中で与三郎の鬱屈や厭世だけは着実に嵩を増しているようで、それは化け物のようになってしまった己が顔貌を自嘲するセリフや「頬かむり」という小道具を通して伝わってくる。そしてこの日最後の場面である親子勘当に当たって、与三郎は初めて周囲の人間(ここでは父親)に逆らい自分の意思を表に出す。ようやく与三郎は自分で動き始めた。「ここからが面白く…ならない」と言う談春だが、間違いなくここからが面白そうである。

仲入りを挟んで後半戦は「不動坊」。取り付いていたものが吹っ切れたような見事なハジけっぷりである。お滝さんとの結婚が決まって有頂天になる利吉の浮かれぶりが最高。風呂屋の場面はもちろん面白かったが、一番ツボにはまったのが風呂に行く前にうれしそうに空を見上げて利吉が言った「ありがとう」の一言。その青い空は利吉の生涯で最も美しい空だったんだろうな。