黒談春

紀伊国屋ホールにて

立川談春 「花見小僧」
立川談春 「お血脈
仲入り
立川談春 「二階ぞめき」

 「二階ぞめき」は、いかにも談春に向いていそうな噺で、今回が初演というのが意外だった。
 若旦那はまるで職人のような鉄火な話しぶりで、相対する番頭も目端が利いて本音を表に出さない博打打みたいな人物になっている。同じ廓話でも「たちきり」の純で一途な若旦那と悲恋を抱えて生きる番頭とは全然違う。おやおやと思っていたら、これが存外いい効果をもたらしている。女に狂ったのではなく、吉原に狂った「二階ぞめき」の若旦那は、ある種行き着くところまで行っちゃった遊び人ということなのだろう。ひやかして歩くことが吉原通いの主目的で、登楼はおまけみたいなものである。遊妓や若い衆との丁々発止の会話こそが若旦那の遊びの醍醐味だとすると、たちきり若旦那のおっとりと上品な言葉遣いはまるで場違いだ。同じようにたちきり番頭には、遊びの極北に達した若旦那を理解するのは荷であろう。二階に吉原を再現してしまおうなどというとんでもないことを発想する番頭はあれくらい悪さを感じさせる方がいい。
 ただし、聴きつづけているうちに、談春の緊張感を湛えた端正なストーリーテリングは、この噺の荒唐無稽さとやや相性が悪いと感じてきた。談春落語のリアリティーと二階に作った吉原というイリュージョンとぶつかってしまうのだ。なるほど、志ん生のふらふらゆらゆらとした語り口が「二階ぞめき」にぴったりくるわけが分かった。それでも最後の一人三役の喧嘩場面では、談春のピシッとエッジの効いた語り口の魅力が存分に発揮されていた。