立川談春独演会

にぎわい座にて
立川春太 「道具屋」
立川談春 「与話情浮名横櫛/伊豆屋」
仲入り
立川談春 「蒟蒻問答」

予告通り「お富与三郎」。第一話の本日は何と横山町の鼈甲問屋、伊豆屋の若旦那与三郎の人物描写と事件の発端だけで40分以上をかける。本人いわく「いつ終わるか分からない」。確かにこの調子だと間違いなく6月までには終わらなさそうである。今年一杯かかってもおかしくない。
与三郎の造形は、明け烏の若旦那を大人にした感じ。初午に子供たちと太鼓を叩いて遊ぶような子供ではなく、番頭を本で仕入れた理屈で論破するくらいの知恵を備えている。ただし、仙太郎に手もなく強請られており、修羅場に通用するだけの生きた世間の知恵は身についていない。気も弱そうだ。さて、これがどんな悪党に変わっていくか。楽しみである。
この噺、馬生の録音で聴いている。馬生の与三郎は、友達と遊びに行って一人でモテてしまう男前という設定であり、船の事故も、モテてモテて仕方ない与三郎に対して散々に振られた仲間が怒って勝手に暴れだし、川に落ちてしまったということになっている。芝居の方の与三郎は弟に伊豆屋を継がせるためにわざと放蕩をする。談春の与三郎は、この2者と比べると際立って堅物として描かれている。父親の代わりに同業の寄合に出ることになった際も、場所が柳橋の茶屋と聞いて与三郎は渋っている。
ところが、与三郎は寄合で出合った別の若旦那と吉原に出かける。あの堅物にしては意外な展開だが、説明はない。これはどうしたって気にかかる。船の場面は恩師・関良助への述懐の形で語られているため、与三郎の言葉が真実なのかどうかは分からない。もちろん、この場面には仙太郎も同席しており仙太郎が異議を挟んでいない以上、嘘ではないのだろう。だが、吉原行きを含めてこの場面を描写せず述懐の形すれば、語られていない真実を埋め込むことができる。もし、そうだとしたら、この後のストーリーには相当オリジナルな脚色が加わることになるだろう。もっとも、あそこを述懐の形にしたのは、寄合以後の与三郎の塞ぎ込みの理由をしばらく隠しておき、仙太郎の登場によってストーリーを急転禍々しくする効果を狙っただけのことかもしれないが。「終わらない」という談春の言葉を額面通り受け取ると、何かしら大きな仕掛けがあるように思えてならない。と言うか、そうあってほしいという願望を勝手に膨らませている。続き物というのはこういう楽しみもあるんだなあ。

「蒟蒻問答」。実に楽しそうに演じていた。