朝日いつかは名人会

浜離宮朝日ホール
柳家小ぞう  「子ほめ」
春風亭一之輔 「鈴ヶ森」
古今亭朝太  「火焔太鼓」
仲入り
鼎談 一之輔・朝太・喬太郎
柳家喬太郎  「錦の袈裟」

前夜の寝不足がたたって眠い眠い。会場の暖房がさらに眠気を誘い、こりゃあまずいぞと思ったらその通りになってしまった。
小ぞう「小ほめ」はほとんど何も覚えていない。完全に仮眠タイムになってしまった。拍手に目を覚まし、お次の一之輔登場を待つ。今日の目的は喬太郎よりもむしろ一之輔の方にあったから、太ももの内側やら二の腕やら柔らかいところをつねって無理やり眠気を飛ばす。
演し物は「鈴ヶ森」。この噺を喜多八以外で聴いたのは初めてのような気がする。喜多八の「鈴ヶ森」は手下の泥棒を強烈に間抜けに描いて秀逸だが、一之輔の手下はわざと親分をからかっているふうにも見え、ひねった笑いがちりばめられている。変装用の髭を描いては「トランプの王様のよう」で、追いはぎのセリフを覚えられずに「pardon?」と聞き返し、暗闇が怖くて親分の手を握る…。馬鹿というより奇天烈な手下の言動が印象的な一席。そうした工夫に増してもっと印象的だったのが一之輔の声である。柔らかくて力がある。ヘンなたとえだが低速域のトルクが太いといった感じで、気持ちよく安心して聴いていられる。挨拶の第一声でもう古典の雰囲気を醸し出せてしまうとても噺家向きの声で、これは財産だな。
一之輔ですっかり目が覚めたと思ったのだが、お次、朝太で再び眠りの中へ。マクラは辛うじて覚えているが、本編は小僧が太鼓のホコリをはたくあたりで記憶を失う。冒頭の道具屋夫婦のセリフからしてあまりにも教科書通りで、ひっかかるものが何もないもんだから、睡魔に抗えず。
仲入り後の鼎談では、一之輔よりも朝太の話が面白かった。志ん朝最後の弟子にして師匠の前座名を受け継いだ朝太だけに、師匠への思い入れはいかほどのものかと思っていたら、何とも行き当たりばったりな入門のエピソードに驚いた。学生の頃にたまたまフリーマーケットで100円で買った志ん生のテープで落語に出会う。その後、食中毒で入院するはめになり、暇をもてあました挙句、図書館で志ん生のCDを借りて聴いているうちに、噺家になろうと決意する。この時、朝太、寄席に行ったことも志ん生以外の落語を聴いたこともなかったらしい。退院後、落語家名鑑で志ん生を調べたら、すでに故人となっていた(当たり前だ)。がっかりしたが、2人の息子が落語家になっていることが分かった。しかし、長男馬生もすでに亡く「それで次男に弟子入りした」。
志ん朝への思い入れ深い喬太郎も、日芸落研出身で寄席通いの日々を送った一之輔も、そして(あの会場にもたくさんいたであろう)志ん朝の高座を愛した客も、すべてをまとめて一気に脱力させてしまうあんまりな入門動機。会場は意外な話に爆笑だったが、このこだわりのなさとおおらかさは、果たして芸人としてどうなんだろう。「心邪なる者は噺家になるべからず」は小さんの口癖だが、今の落語界を見渡すと「邪」とは言わないが、売れている若手で、素直で無邪気というタイプを一人も思い浮かばないのだが。いずれにしても、キャリア10年でここまで芸人臭さを感じさせない人も珍しい。この特異なキャラがうまく花開くことを祈る。それにしても、「世界に1つしかない志ん朝の道灌を録ったテープ」(三遍稽古の体力がなくなった志ん朝が特別に録音を許してくれたもの)をなくしてしまうとは…。