立川談春独演会

横浜にぎわい座にて
立川談春 「与話情浮名横櫛/木更津」
仲入り
立川談春 「付き馬」

談春の「付き馬」を聴くのは初めてである。
冒頭の文無し客がつく嘘の内容が他の演者とは少々違っていた。金貸し家業のおばさんの代わりに吉原のお茶屋に集金にきたが、口開け早々の出銭はまずかろうと時間潰しに店を冷やかしていたというのが普通のやり方。だが、談春は、おばさんに遊ぶ金を無心をしたところ「あの茶屋に貸してある金を使えばいい」と、いわばおばさん公認の吉原行きである。談志の「付き馬」も聴いたことがないので、これが師匠譲りなのかどうかは知らない。ご存知の方、ご教示ください。
ちょっとした違いのようだが、後の展開を考えると無視できない違いでもある。通常のやり方であれば、「ではどうでしょう。そちらでお金を受け取ってから、こちらに上がっていただくということで」という若い衆の言葉に対して「そりゃあダメだよ君。向こう行ってお金を受け取るだろ。そうすりゃ、どうしたってこれはおばさんの金だと思えば里心がつくってやつだ」という客のセリフが続く。僕はこのセリフが大好きである。分かったような分からないような、うまい具合に朝勘に持ち込みたい男のセリフとして微妙なリアリティーを有していて、何とも言えず味があるなぁと感じていた。おばさん公認だとこのセリフがなくなっちゃうわけで、もったいないと思っていたらさすがは談春である。ちゃんと解決策を用意していた。
若い衆は同じように「そちらでお金を受け取ってそれから…」と促すのだが、それを受けた客のセリフがいい。正確には覚えていないが要するに、ここを離れて茶屋に行く、そうしたら何ゆえここまでわざわざ戻ってこなければならないのかという理屈で対抗するのだ。「近くの店を覗くだろ。ああここでいいじゃねぇかってことになるんだよ。こことは縁がなかったってことだなって。遊びなんてそんなもんじゃねぇか」という言葉は悪所で遊ぶ男の矜持(という言葉はあまり相応しくないが)としてはまさにその通りだろう。ネットで女の子の写真や評判や料金なんかを調べて準備万端整えて…なんていうのが当節流だとしても、これはどうしたって粋じゃあない。志ん朝じゃないが「どこの世界にいついっかと決めて金を積み立てて女郎買いに行く奴がいるよー」だ。従来の「里心が付く」と語って律儀者を装うのもアリだが、談春版の手馴れた遊び人を印象付けるのもアリだろう。客の値踏みを稼業とする若い衆としてはどちらをより信用するかと言えば、かえって後者かもしれない。
ドンチャン遊んで明けた朝の騙しの段にはやや違和感があった。観音様まで連れ出され、イライラし始めた若い衆を煙に巻く客の造形が談春演じる「居残り」の佐平次と完全にかぶるのだ。「思い切って飛び出すんだよ。そうしなきゃ出世なんかできやしねえぞ」と愛想と行動力に欠ける若い衆に人格攻撃を仕掛ける客の“黒さ”は、談春演じる佐平次そのままである。それ自体は別に構わないのだが、前日、店先で客と丁々発止やり合った若い衆の機転や強引さが完全に消えうせてしまっている。そのため、一方的に攻め立てる客と不機嫌になるばかりの若い衆という構図が強調されて、やや後味が悪い。「付き馬」はストーリーだけを考えればどうしたって後味の悪い噺である。ゆえに多くの演者は、明るくしゃべりまくる客のテンポのよいセリフ回しによって後味の悪さを感じさせないようにしようとする。その意味では客の造形は「薄っぺら」の方がいいのかもしれない。ただ談春に「薄っぺら」な人物造形を望む客はいないだろうし、僕もそれは同じなわけで…。